大学研究力の強化に必要なのは、研究費だけではない
大学が研究力を高めるには、研究費を増やすだけでなく、必要な時に必要な研究へ資金を配分できる仕組みが欠かせません。文部科学省の科学技術・学術審議会「大学研究力強化部会」第8回会合では、大学が将来戦略に沿って比較的柔軟に使う「戦略的経費」の活用実態が報告されました。あわせて、名古屋大学と九州大学の研究・産学連携の事例も紹介されています(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.1)。
会合では、次の点が主に議論されました。
- 大学が独自に使える資金をどう確保するか
- 研究成果が出るまでの長い期間をどう支えるか
- 研究を経営・社会実装につなげる人材をどう確保するか
- 大学、企業、自治体、研究機関の連携をどう進めるか
「戦略的経費」は大学ごとに運用が異なる
今回の議事録では、「戦略的経費」が国の統一的な補助制度として定義されているわけではありません。大学が、将来の方針に沿って比較的柔軟に配分できる資金を、調査上このように呼んでいます(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.2)。
大学の財源には、授業料、運営費交付金、受託研究収入、寄附金などがあります。ただし、財源ごとに使途や使用期間などの制約があります。外部資金を獲得する場合も、研究者や職員、企業との調整、申請書類の作成などに時間がかかります。
そのため、大学の経営層が自ら優先順位を決め、萌芽的な研究や複数年度にわたる施策に配分できる資金が重要になります。
トーマツは、国際卓越研究大学やJ-PEAKSに申請する大学などを対象に、戦略的経費の財源、配分方法、大学の研究戦略との関係を調査しました。ただし、今回の議事録では、調査対象校数や大学ごとの詳細な比較までは示されていません(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.3)。
財源は外部資金の間接経費など。大学ごとに違いがある
調査対象となった国立大学では、外部資金の間接経費から戦略的経費を確保するケースが見られました。一方で、学納金、寄附金、積立金、運営費交付金などをどう活用するかには、大学ごとの差がありました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.4)。
報告では、ある国立大学の事例として、外部資金の間接経費の45%を本部の戦略的経費に充てているケースが紹介されました。運営費交付金についても、制度上活用できる区分から、広く戦略的経費を確保しているとされています。
この事例で強調されたのは、資金を本部に集めることだけではありません。経営層のリーダーシップに加え、財務部門が資金の使用状況や事業の進捗を管理する体制も重要だと説明されました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.5)。
戦略的経費は、大学本部が自由に使える資金を増やせば機能するわけではありません。大学のビジョン、資金の使途、事業の進捗、成果を説明できる仕組みが必要になります。
主な投資先は4領域
報告では、大学が戦略的経費をおおむね次の4領域に活用していると整理されました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.6)。
1. 萌芽的・挑戦的な研究
成果が得られるか不確実でも、将来性のある研究を支援します。
国の重点分野や競争的研究費の対象となる研究には、すでに支援が集まっている場合があります。一方、特定の分野に限定されない基礎研究や、研究者の自由な発想に基づく研究は、資金を得にくいことがあります。
戦略的経費は、若手研究者の研究や、複数分野を横断する研究チームなどを支える資金になり得ます。
2. 部局横断・組織横断の研究
学部や研究科などの部局を越えた研究も、戦略的経費の対象です。
部局ごとに配分された予算を、別の部局との共同研究に振り向けるのは容易ではありません。そこで大学本部が全学的な視点から資金を配分し、複数の組織や外部機関の連携を促します。
3. 補助金終了後の移行期支援
外部資金によるプロジェクトが終了した後、次の資金を獲得したり、事業を自走化したりするまでの期間を支援します。
ただし、終了したプロジェクトを無条件に延命するという意味ではありません。報告では、本部がプロジェクトの価値を評価し、継続して投資すべきか判断することが重要だと説明されました。
4. 中長期的な大学独自施策
研究や社会実装には、年度をまたいで取り組む必要があるものもあります。
目的積立金や引当特定資産、運営費交付金の業務達成基準などを活用する方法はあるものの、財源の繰越しにはなお制約があります。そのため、毎年度の予算編成の中で、大学の中長期方針にひもづく資金を確保する方法が取られています(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.7)。
資金の配分には「誰が決めるか」が問われる
調査対象の半数以上の大学では、部局からの予算要求を財務部門や担当理事が取りまとめ、企画会議、運営方針会議、役員会、理事会などに諮る従来型のプロセスが採用されていました。
一方で、トップマネジメントによるヒアリングや対話を重視する大学もありました。重点施策を検討する組織を設け、トップマネジメント層が自ら起案したうえで、理事会などに諮る仕組みです(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.8)。
戦略的経費を機能させるには、学長や理事のリーダーシップだけでなく、財務管理や事業評価を担う組織が必要になります。
名古屋大学と九州大学に見る長期的な投資
トーマツは、産学連携収入が多く、出資事業を受けていない大学に着目し、名古屋大学と九州大学にヒアリングを行いました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.9)。
両大学の事例は、研究成果を社会実装や新産業の創出につなげるには、短期的な資金投入だけでなく、長期にわたる研究環境や共創環境への投資が必要だという点を示す材料です。
名古屋大学:研究成果を起点に連携を加速
名古屋大学については、40年以上前から積み重ねられてきた基礎研究の蓄積や、研究を支える組織風土・研究資金の存在が紹介されました。
ノーベル物理学賞関連の研究では、受賞後1年以内に3つの重要な共創の場を立ち上げ、企業との連携や国際的な研究ハブとしての機能を強化したと報告されています。
モビリティ分野でも、プロジェクトの採択と同時に大型プロジェクトを立ち上げ、指定共同研究制度などを整備しました。さらに、研究成果の社会実装に向け、大学自らベンチャーキャピタルを設立する取組も紹介されました。
これらの事例からは、研究成果が生まれた後に、大学が連携の場や制度を整え、企業との関係を広げていく動きが読み取れます(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.10)。
九州大学:地域の産業特性を生かす
九州大学では、地域のエネルギー、機械、マテリアル関連産業の強みを生かした脱炭素ミッションが取り上げられました。
COEプログラムを起点に水素研究拠点を整備し、2010年には関連する専攻を設置して、教育研究の基盤を整えました。
さらに、福岡県や福岡市との共同研究、地域拠点の形成、産業技術総合研究所の誘致など、地域との連携を広げています。2017年には国家戦略との連動を通じて、国内外の産業界から投資を呼び込む展開につながったと説明されました。
2024年には、社会実装を加速するため、九州大学の100%子会社である九大OIPを設立したと紹介されています。
九州大学の特徴として示されたのは、基礎研究、教育、地域連携、政策、産業界との関係が、長期的な時間軸の中で並行して発展している点です(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.11)。
研究大学への支援に必要な4つの視点
2大学の事例を踏まえ、研究大学への支援として次の4点が整理されました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.12)。
- 研究プロジェクトの飛躍点を捉えた、重点的・機動的な支援
- 共創の場を形成するためのインフラや制度の整備
- 大学が担う、外部から見えにくい活動を支える基盤的支援
- 社会実装や産業エコシステムの形成まで見据えた長期的支援
基礎研究から社会実装までには、長い時間がかかります。大学には、投資の優先順位を定めて継続する力が求められます。同時に、国や産業界には、短期的な成果だけでは評価しにくい研究を支える仕組みが必要です。
事務局が整理した今後の4つの方向性
事務局は、これまでのヒアリングを踏まえ、今後の研究大学の取組を次の4項目に整理しました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.13)。
1. 大学マネジメント
大学全体の研究状況を把握し、強みを持つ分野を特定したうえで、研究資源を重点的に配分します。
その投資を研究成果、外部資金、優秀な研究者の獲得につなげ、経済圏への貢献や人材育成機能の強化へ発展させることが想定されています。
2. 研究マネジメント
他大学、研究機関、企業、自治体の参画を促し、研究プロジェクトを大型化します。
大学の研究シーズを起点とする研究だけでなく、社会課題を起点とする研究も組み合わせ、多様な価値創造につなげる考え方です。
3. 産学連携
産学連携の成果を、共同研究の件数や収入だけで捉えないことが重要です。学術研究力の向上、他分野への波及、人材育成、国際化なども含めて評価する必要があります。
大型の組織対組織連携に向けて、大学トップの関与、意思決定の迅速化、研究費や人件費などの費用分担の明確化が求められます。
4. 人材育成
研究人材に加え、研究をマネジメントし、企業や社会との連携をプロデュースできる人材を育成・確保します。
技術や研究を理解して企業で活躍するCTO人材だけでなく、企業実務を理解して大学で活動できる人材も対象です。大学と企業の人材交流を、幅広いネットワークやエコシステムの形成につなげることも論点となりました。
委員が指摘した「資金以外」の課題
成果をどう評価するか
戦略的経費を投じた結果を、どのように評価し、次の投資に生かすかが課題です。
研究成果は長期的に現れることがあるため、論文数や外部資金の獲得額だけでは評価しにくい場合があります。人材育成、研究環境、国際化、地域への貢献などの非財務情報も見る必要があるとの意見が出ました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.14)。
研究者・職員の負担をどう抑えるか
収入や産学連携が増えても、研究者や職員の業務量が増え、研究時間が減少すれば、研究力の向上にはつながりません。
研究支援人材やバックオフィス機能を整備し、研究者が研究に集中できる環境をつくることが求められています。
経営人材が活躍できる環境をどう整えるか
企業などから経営人材や研究マネジメント人材を招くには、給与体系の見直しだけでは不十分です。
ガバナンス、DX、意思決定の速さ、権限、職場環境、チーム編成の柔軟性など、外部人材が力を発揮できる受け皿が必要になります。
博士人材と国際頭脳循環をどう支えるか
博士課程修了者の進路をアカデミアに限定せず、大企業、スタートアップ、投資など多様なキャリアにつなげる必要があります。
また、少子化を踏まえ、外国人研究者・学生の招聘と定着、若手研究者の海外経験、国際共同研究を個人の努力だけに頼らず、大学の組織戦略として支えることも課題です(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.15)。
大学単位から「大学群」へ
地方大学などでは、一大学だけで研究支援体制を整えることが難しい場合があります。
大学、研究機関、企業、自治体が連携し、研究契約、知財対応、競争的資金の申請支援、研究設備、技術職員、国際連携窓口などを共有する仕組みも検討課題となりました(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.16)。
まとめ:研究力強化は「資金」だけの問題ではない
今回の会合では、大学が将来戦略に沿って活用できる戦略的経費の重要性が示されました。
戦略的経費は、萌芽的・挑戦的な研究、若手研究者、部局横断型の研究、補助金終了後の移行期支援、複数年度にわたる大学独自の施策などに活用されています。
一方で、研究力強化は資金を増やすだけでは実現しません。
- 大学の強みを把握し、投資先を決める経営力
- 研究を社会実装まで導くマネジメント力
- 研究者と職員の研究時間を守る支援体制
- 博士人材や外国人研究者を受け入れる環境
- 大学、企業、自治体、研究機関をつなぐ連携基盤
こうした要素を一体で整える必要があります。
名古屋大学と九州大学の事例からは、基礎研究から社会実装までの道のりを、短期の成果だけでなく、長期的な投資と連携の積み重ねとして捉える視点が示されています。
文部科学省は今後、政府の成長戦略も踏まえながら、多様で厚みのある研究大学群の形成に向けた方策を検討していく方針です。今後は、どの分野に投資するかだけでなく、挑戦的な研究や重点分野以外の研究をどう支えるのか、誰が意思決定を担うのかが問われることになります(科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録-p.17)。
※本記事は、文部科学省「科学技術・学術審議会 大学研究力強化部会(第8回)議事録」に基づいて作成しています。議事録で大学名、投資額、調査対象校数などが明らかにされていない事項については、匿名または概要として記載しています。事務局が示した今後の方向性は、会合時点での整理・検討段階の内容です。

